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最高裁判所第三小法廷 平成6年(行ツ)108号 判決

上告人

佐野猛

被上告人

吉田廉

被上告人

関尊

右両名訴訟代理人弁護士

藤森克美

被上告人

富士根畑そう土地改良区

右代表者理事長

上杉性市

右訴訟代理人弁護士

小林達美

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一及び第二の一ないし四について

概算払は、地方自治法が普通地方公共団体の支出の一方法として認めているものであるから(二三二条の五第二項)、支出金額を確定する精算手続の完了を待つまでもなく、住民監査請求の対象となる財務会計上の行為としての公金の支出に当たるものというべきである。そして、概算払による公金の支出に違法又は不当の点がある場合は、債務が確定していないからといって、これについて監査請求をすることが妨げられる理由はない。債務が確定した段階で精算手続として行われる財務会計上の行為に違法又は不当の点があるならば、これについては、別途監査請求をすることができるものというべきである。そうすると、概算払による公金の支出についての監査請求は、当該公金の支出がされた日から一年を経過したときは、これをすることができないものと解するのが相当であって、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告人の上告理由

第一 原判決は憲法第三二条違反を犯しており、破棄を免れない。その詳細は以下の通りである。

一 上告人は地方自治法第二四二条の二に基づき、本訴訟を提起した。同条に基づく裁判は、地方公共団体の財務会計行為における違法を、住民が地方公共団体に代わって正すものであって、公益的要素の強い訴訟であり、その裁判権は広く認められるべきである。なんとなれば、住民訴訟は納税者訴訟とも呼ばれるように、税金を納めている住民が納めた税金の使途の違法性を追及するほとんど唯一の手段であり、同時に司法が地方行政の違法な財務を正す唯一の手段であるから、いわば地方行政の財務会計行為の違法を是正する最後の砦という重要な権利だからである。

一方、地方公共団体が当該公金支出につき違法性あるいは不当性を自覚している時は、当該行為を一般住民に知られぬように行うものである。そこで、右条文に基づく裁判権を縮小する方で厳格に解すれば、行政に違法性の強い行為程、住民はその事実を知らされにくい状態におかれ、司法の判断を受けられなくなるのである。

二 地方自治法第二四二条の二の訴訟提起にはそれ以前に同法第二四二条の住民監査請求を経ることが必要であるが、この監査請求の提起は、行政庁の行為の早期の安定性という要請から、同法は同条第二項に、「当該行為のあった日又は終わった日から一年」以内になすべきことを定めた。

この一年という期限は一般の時効に比して著しく短いが、それは前記の要請から定められたものである。即ち、住民の利益、裁判権よりも行政行為の安定性に重きを置いて定められた期限なのである。

従って、もともと住民の裁判権は厳しく制限されているのであるから、地方自治法第二四二条の二第二項に規定する「一年」の始期を更に厳格に解釈すれば、納税者である住民が行政の支出行為をチェックできる期間が短くなることになり、ひいては住民の裁判権を奪うことになって、憲法の保障する裁判権を害することになる。

三 ところが、原判決は後述のように法令の解釈適用を誤り、右条文の規定する「一年」の始期を著しく厳しく制限し、もって原告の裁判権を奪ったものである。よって、原判決は憲法第三二条に違反しており、破棄を免れない。

第二 原判決には法令の違背があり、これは判断に明らかに影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄を免れない。

一 原判決は、地方自治法第二四二条の二第二項に規定される「当該行為のあった日」は、個々の支出のあった日と解するのが相当という。その理由として

1 同法二三二条の五により概算払が公金支出の一形態とされていること

2 同法二四二条一項は概算払を除外してはいないこと

3 概算払であっても予算に計上されるのであるから、違法性・不当性は判断できること

を挙げる。

二 しかし、前項1について、そのような規定の存することはその通りであるが、原判決は公金支出に関する一般原則の条文を念頭におかずに、右のような判断をしているのである。即ち、地方自治法第二三二条の四第二項によれば、

「出納長又は収入役は、前項の命令を受けた場合においても、……当該支出負担行為に係わる債務が確定していることを確認したうえでなければ、支出することができない。」

のであり、「公金の支出」と呼べるためには、「債務の確定」が必要なのである。

しかるに、概算払はその名のとおり、あくまで概算での支払いであるから、債務の確定はされずに支出され、後に精算される支出方法である。従って、右二三二条の四第二項の規定に照らしたとき、概算払をした時点では、この支出は「公金の支出」とはいえないことは明らかである。概算払の場合には、たとえ差し引きゼロの場合でも確定手続をとって精算しなければならないとされており、この確定の日に公金支出となることは上告人が原審において書証にて立証したとおりである。

三 前項のとおりであるから、地方自治法第二四二条第一項が概算払をあえて除外していないのは、確定の手続までを含んだ支出方法を前提としているためで、確定を除外した途中段階での概算払を規定したものではない。この点において、原審の判決には法令の解釈に誤りがある。

四 第一項3の点も原判決の「概算払」についての解釈の誤りである。精算を要する概算払でなぜ違法・不当が判断できるのだろうか。仮に概算払の時点で違法・不当支出と考えられて監査請求をおこしたとしても、行政庁が後に多過ぎた場合には返金されると主張すれば違法・不当の判断ができないことは一考すれば判明することである。即ち、概算払の時点ではたとえ予算に計上されていたとしても、違法・不当の判断は不可能なのである。これは原判決が地方自治法第二三二条の四第二項の規定を無視し、同二三二条の五と二四二条のみによったために起こった法令の解釈の誤りの結果である。

よって、原判決には、結果に明白に影響を及ぼす法令の違背があるといわねばならない。

五 更に原判決は、地方自治法第二四二条第二項ただし書きの「正当な理由」について、富士宮市及び被上告人土地改良区の一般会計予算に計上され、公然と支出されたから、住民側が相当な注意力をもってしても期間を遵守することが期待できなかった場合に当たるとはいえないとし、正当な理由があるとはいえないとする。

しかし、一般予算案は費目の合計額を記載してあるだけで、その明細は付されていない。本件でいえば、事務局長に給与が支給されているということ自体を知らなければ予算を見てもその中の補助金に事務局長の給与分が含まれているとは知り得ないのが当然であり、事務局長の給与という名目での支出項目はないから、この意味で公然と支出されたとの事実認定そのものが重大な誤りである。

原判決の引用する第一審判決では上告人が調査をすれば、事務局長分の給与が含まれていることは容易に判明したはずであると記載されているが、この認定は何らの証拠に基づかない判断であるうえ、常識に反している。たとえば第一審の指摘する議会の傍聴であるが、議会議事録には改良区の事務局長の給与が含まれているかなどの予算説明はないし、また傍聴人には発言は許されないから知る術もない。原審はこのような常識を欠いたまま判決をしたものである。

そして、現に、事務局長の給与が補助金に含まれていることは一部の関係者のみの秘密であって、被上告人土地改良区の理事長ですら知らないことだったのである。

従って、原判決は証拠に基づかない判断をし、常識に反する判断をなしており、法令違反を犯したものである。

以上であるから、原判決を破棄し、相当な裁判を下されたく、上告した次第である。

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